- LIVE REPORT
押尾コータロー
20th Anniversary
Special Live
"My Guitar, My Life"
2022.7.31 sun
フェスティバルホール
SET LIST
01. Merry Christmas Mr. Lawrence
02. Fantasy!
03. SPLASH
04. オアシス
05. DREAMING
06. あの夏の白い雲
07. ファイト!
08. Legend~時の英雄たち~
09. Destiny
10. 風の詩
11. 黄昏
12. フルーツバスケット
13. My Guitar, My Life
14. Snappy!
15. GOLD RUSH
16. HARD RAIN
<アンコール>
17. 翼 ~you are the HERO~
18. MOTHER
7月31日、大阪・フェスティバルホール。
開演時間の17時が刻一刻と迫るバックステージの空気は、ピンと張り詰めていた。それは決して居心地の悪いものではなく、一人ひとりがプロフェッショナルとして、ひとつのライヴを作り上げる準備を終えたという自負と誇り、十数分後には本番を迎えるという程よい緊張感に高いモチベーション、それらが混ざったものだ。
16時50分を廻る。押尾コータローが楽屋から出てくると、舞台監督、音響、照明……主要ライヴスタッフが集まり、自然と円陣ができあがる。
彼ら彼女らは、押尾が度々“バンドメンバーのような存在”と表現する、共にライヴを作ってきた面々。20年間の道のりを一緒に進んできた人、代替わりして途中で参加した人、それぞれの顔を見ながら押尾は、これまでにあったエピソードを交えた軽い冗談を言い、感謝を伝える。 そして、
「気心の知れたみんなが居るから」
と声をかけた。
本番に向けて、気持ちがひとつになった。
2002年7月にアルバム『STARTING POINT』でメジャーデビューした彼の20周年を記念した特別な一夜が幕を開けようとしていた。掲げられたタイトルは『押尾コータロー20th Anniversary Special Live "My Guitar, My Life"』である。
17時。フェスティバルホールの観客席では、電気がふっつりと消え、押尾が作曲・アレンジしたSEが流れ始める。厳かで神聖な雰囲気を纏ったそのSEは、木管楽器のハーモニーによる「黄昏」、ハープと二胡の音色が優麗に響き合う「ナユタ」……と押尾が世に出してきたメロディをダイジェストで紡ぎ、オーディエンスの膨れ上がった高揚感を刺激する。光がステージ中央の床に “20”の文字を描く。下手側から押尾が姿を現して、“20“と投影された位置に立った。
幾本のムービングライトが押尾に集まる。そしてそれらの光の筋は、広い観客席へと放射状に広がっていく。
澄んだアコースティックギターの音色が場内に響き渡る。スローテンポで爪弾かれるアルペジオが凜とした空気を生み出す。オープニングナンバーは押尾がインディーズ時代の1枚目のアルバムに収録、以後ライヴでカヴァーしてきた坂本龍一氏の「Merry Christmas Mr.Lawrence」。映画『戦場のメリークリスマス』で使われた1曲である。“ドン、ドン”……ギターのボディ、弦を叩き発せられた音がリズムとなる。ギターネック上で左手が弾いた弦は繊細なメロディを紡いでいく。1本のギターで織られる静寂を纏ったアンサンブルは、曲の後半の差し掛かりで厚みとエモーショナルを帯びる。音の強弱、テンポの変化、1音1音のニュアンスに宿る押尾の感情が、聴く者の心を刺激する。彼の演奏に触れる度に湧く“アコースティックギター1本で複数の音が同時に鳴って。どうやっているんだろう?”といった驚きと興味は、曲世界に引き込まれた瞬間に姿を変える。伝わってくる音楽と感情に結びついて意識野に広がるのは記憶にある美しい風景、体内で渦巻いている祈りや願いだった。
「僕にとって勇気や糧になっています」
20周年を迎え、応援してくれる方と、ライヴを作ってくれるスタッフに改めて言葉で感謝を伝えてから届けられた「Fantasy!」は、デビューアルバムの1曲目に収録のナンバー。キラキラと透き通った高音が流麗なメロディを作っていく。押尾の後方一面を覆っていた黒い布が開き、白いドレープが優雅なステージセットがお目見えする。ドレープを描く“幕“が照明を受けて淡い紫のグラデーションに染まった。その景色は瑞々しく晴れやかな音色と結びついて夜明け直前を彷彿とさせ、“始まり”を意識させる。そんな中で聴く、澄み渡った空を軽やかに滑っていくような「Fantasy!」は、20年前のスタート時点の心持ちや、20年を経たここから先に彼が見ている世界を伝えてきた。
メジャー2ndアルバムから「SPLASH」、4thアルバムに収録、本人が出演した『六甲のおいしい水』のCMで使われた「オアシス」。この2曲を経て演奏された「DREAMING」は、1歩1歩踏み締める力強さと、希望を胸に風を切って進むワクワク感に溢れている。中川イサト氏、石田長生氏、マイケル・ヘッジス氏……多くの先人から刺激を受けとり、独自の表現と在り方を構築。そしてキャリアを重ねた今は、ジャンルを越えたたくさんのミュージシャンと、会場に足を運んだ観客を含む音楽リスナーに何かしらを残し続けている押尾。彼が現在進行形で、心を弾ませながら夢を追い、前例のない道を開拓している挑戦者であることを演奏と音色からうかがい知る。
SUGITA KENJI GUITARSのバリトンギターを手に、深みと太い芯のある音で奏でた「ファイト!」ではエッジーで躍動的な旋律が衝動をかき立てる。曲の終盤にテンポアップして、さらに煽る。客席ではオーディエンスがクラップで気持ちの高ぶりを表現、激速へと変化するテンポにも追随していった。
第一幕が終わり、室内換気を兼ねた休憩が入る。押尾が去ったステージには緞帳が下りた──。
会場内が再び暗転。暗闇の中アタックの強い和音が響き、アップテンポで勇猛な演奏が流れる。これを合図にゆっくりと緞帳が上がり始め、開いた部分から眩いばかりの光が漏れ出してくる。ステージセンターに立ち、ギターを弾く押尾の姿が足元から見えてきた。第二幕のスタートは「Legend 〜時の英雄たち〜」だ。体の奥にズンと響く低音と煌びやかな高音の旋律に誘発された観客のクラップが、フェスティバルホールで軽やかに鳴る。休憩がなかったかのように、第一幕のラストにあった熱が場内に渦巻いている。ドレープを使ったセットから姿を変えたステージでは、天井から吊されたいくつもの短冊幕が光を乱反射させている。
20年前の思い出話を挟んで放たれたのは、デビューアルバム収録の「Destiny」。情熱を纏ったドラマチックなメロディが意識を釘づけにする。
そしてステージにハイチェアがセッティングされる。そこに腰掛け、ギブソンのオールドギター・L-1をゆったりと1音1音丁寧に爪弾いていく。NHKテレビ放送50年『南極プロジェクト』のテーマ曲として書かれた「風の詩」である。サウンドホールの前に立てられたマイクが拾う真っ直ぐに響く音、音と音の間の空白、キュッというフィンガリングノイズ、それらが紡ぐメロディ。構成するすべてが慈しみを帯び、雄大かつ静謐で温かな音楽がじんわりと心に染みこんできた。さらにこのスタイルでもう1曲、デビューアルバムから「黄昏」が贈られる。暗闇の中、降りた1本のスポットライトに照らされた押尾の演奏は、ひとりで居る時間を感じさせた。
「ここで一足早く新曲を」
と切り出し、奏でられたのはFM大阪の『サラヤ SDGs FLAP』コーナーのテーマ曲になる「フルーツバスケット」。ステージ奥の壁には、とりどりの色が投影される。カラフルな音の粒がステップを踏むように弾みながら、ひとつの曲を形作る。それは個性が違い、立場が違い、姿、種族が違う地球上の生き物が手を取り輪になっている様を連想させた。
演奏を終え、万雷の拍手を浴びて押尾が言う。
「新しいアルバムが出ます。発売は9月28日、タイトルが『20th Anniversary "My Guitar, My Life"』です」
その収録曲の中から“初公開”と伝えられスタートしたタイトルチューン「My Guitar, My Life」。アップテンポの中、高音域で構成されたメロディと低音域のメロディが響き合いひとつの曲を編む。そんな曲に触れ、この2つのメロディが、押尾の人生とギターの在り方に重なった。そして、7月31日のフェスティバルホール、今夜に限っては、押尾とライヴを作るスタッフ一人ひとり、押尾とオーディエンス一人ひとりの関係にも思える。それくらい開演から終盤のここに至るまで終始お互いの想いが響き合い、ひとつの温かな空間を作っていた。
ライヴは「Snappy!」からエンディングに向けてたたみ掛けに入る。スピーディでエネルギッシュなギターフレーズが観客を引き込み、ステージ上方から降りてきた幾台ものムービングライトがサウンドと同期し四方八方に光の筋を放つ。観客は求められた難易度の高いリズムをしっかりクラップし、アンサンブルの一翼を担う。きっとオーディエンスの中には押尾のライヴはまだ数回目という方も、初めてという方も居るだろうけれど、ステージと周りに導かれて、会場中が呼吸を合わせてリズムを打つ。押尾とオーディエンスの関係を強く感じる瞬間だった。
煌めきとワクワクとしたスリルがほとばしる「GOLD RUSH」から、さらにテンポを上げ本編ラストの「HARD RAIN」へ行き着く。押尾が客席側ギリギリまで進み出てプレイし、魅了する。鋭利なサウンドが高まった感情をさらに焚きつけ、楽しみを呼び込む。観客は体を揺らし、手拍子で答える。
ステージと客席、どちらにも“20年間ありがとう、これからも共に”といった感謝が溢れていた。
鳴り止まない拍手に応えたアンコール。
まず届いた「翼〜you are the HERO〜」は、スピーディで強く、無垢な輝きと希望が宿っていて、この先を颯爽と進んでいくエネルギーがある。そして、最後に贈られたナンバーは「MOTHER」。
「一番大切な人を思い浮かべながら聴いてください」
そう伝えてから始まったスローテンポのこの曲は、爪弾く澄んだ音と、紡ぐフレーズに親愛の情、幸福が溶けている。“あんなことがあったね”とゆっくりと語らっている響きがある。じんわり心の奥底を揺らし、優しく涙腺を刺激していった。
ラストの1音の余韻が消えていき、一呼吸置いてから、客席から今夜一番の拍手が贈られる。スタンディングオベーションで称えている人も居る。まだ声は出せないけれど、受けとった感情の大きさを思い思いの表現で、ステージの押尾に伝えていた。
その光景は温かだった。
地元・大阪での20周年を祝うスペシャルライヴは、すべての時間に温もりと感謝があった。そして、20年前に発表した楽曲とこれからリリースする新曲が並んだこの公演。そこからは、原点にあった彼の音楽好奇心と探究心、柔軟な発想、人の心を鷲掴みにするメロディセンスと音楽に宿る温かな人間性……それが今も深まりながら存在していることが伝わってきた。アコースティックギターのインストゥルメンタルで、オーディエンスとスタッフを支えにしつつも、フェスティバルホールという巨大な会場の大きなステージにひとりで立つ押尾コータロー。日本の音楽シーンで前例のない道を歩いてきた彼は、この先も真っ新な未来を、先人や周りの人たちの想いと共に進んでいく。
未来の道筋にまずあるのは、この公演で彼が発表したニューアルバム『20th Anniversary "My Guitar, My Life"』である。今夜のライヴで先駆けて聴いた収録曲「フルーツバスケット」と「My Guitar, My Life」から、新作にはこれまでの時間と経験を昇華した先の新しい息吹があることを感じた。さらには、アニバーサリーの特別なサプライズとして、盟友ともいえる葉加瀬太郎氏のバイオリンをはじめ、ハラミちゃんのピアノ、キム・ヒョンジュン氏の歌など、押尾が一緒にやってみたいと感じているアーティストとのコラボレーションによる共鳴、ケミストリーがパッケージされている。
そして10月1日、北海道・道新ホールを皮切りに、全国11箇所のツアーに出る。今度は、リスナーの近くの街へと行く。20年の軌跡と新作がどのような形で届くのか、今から楽しみである。
音楽ライター・大西智之
祝20周年!この年を迎えられるのも
いつも応援してくれる皆様のおかげと
感謝しています。
今年はアニバーサリーライブの開催、
ニューアルバムのリリースにツアーと
盛りだくさんに、楽しくて素敵な一年にします。
アコースティックギターの音色が、
皆様の心に届きますように
一音一音に20年間のありがとうの気持ちをこめて…
押尾コータロー